ニャンコボーイズとムー太郎の事
先日の朝、近所に猫が二匹轢かれて死んでいまして、思わずびっくりしました。
白黒の猫が一匹死んでいたからです。ええっ!
ムー太郎っぽい。違うけどかなりムー太郎っぽいと。引き返し、拾いました。草のあるところへ寝かせておこうと。アスファルトでは腐る。この暑さ。と非常に現実的な言い訳をして、確認しました。先程見たばかりのムー太郎。元気だったムー太郎。もしやと不吉な予感が拭えません。
触った瞬間に違うと確信できました。それは死後硬直していたからです。カチカチです。死後数時間は経過しているカラダです。さっき1時間ぐらいの前のムー太郎ではありえないはずと。
二匹ともきっと飼い猫だと思う。体つきから言って。よく顔を確認するのですが、見れば見るほど、ムー太郎に似ている。でも違う。いや待てよ。と。よし、お前らはここで寝ておけと、草のあるところに安置しました。
帰宅後。ムー太郎に安全には気をつけよと、何度も言いつけました。通じているかはどうもこうも不明ですが。あのあたりの道路を渡っているムー太郎を見た事があります。夏を交通事故で亡くした俺は気が動転しそうです。交通事故は悲しいものです。
夏が死んだ時に思った事は二つ。猫の脳が正常である事。つまり、ぼんやりとしてないクリアなマインドであるか、動きが俊敏である体であるかの二点です。
交通事故は避けがたいあり得る事態ですが、猫のマインドも侮るなかれ、そこそこなものです。夏は賢く俊敏な猫でした。しかし、死ぬ直前は、どこか体調不良であったような気がする。まあ俺の体調も悪かったのですが、どうも、ちょっと疲れていた、もしかしたら、ぼやっとしていたかもと後になって考えてみたものです。
ムー太郎は、野良猫上がりで、この辺で生まれ、この辺で遊んでいる猫。よく喧嘩をして瀕死の重傷を知る限りでは二度潜り抜けてきた強者です。最近のムー太郎はどうだろう。さっき帰ってきたら、またも喧嘩をして左頬が膨らんでいました。さすがに暑いようで、外でゴロゴロしています。
マインドは正常。ちょっと太りはじめたかも。海苔を要求する。大丈夫でしょうきっと。
あとで言いつけておきます。安全には気をつけよと。
ニャンコボーイズの3匹か4匹は順調に大きくなりはじめ、今のところ命を落とした猫はいないようだ。大きくなると行動範囲が広がり始めるのだが、今日ついに、道路を渡った、我々のポイントである。公園前の選別場まで1匹やってきていた。てめえ、ニャンコボーイズの一匹じゃねえかとゴミの山から出てきて逃げて行きました。匂いに誘われてきた、好奇心豊かな子。ここまできやがって。
猫を指導する事は可能か。車に気をつけよと、理解する事は可能か。
ただ、健康状態は、猫にとっても命に左右する。彼らが無事で、クリアなマインドを持つ成猫になる事をただ祈る。焼却炉のパッカー車の洗車場に群らがるカラスを想う。彼らは飛べるが故の3次元の勝者だ。恐れる事なく、おこぼれのおこぼれ以下さえ狙う。猫はジャンプができるゆえの2・5次元ぐらいはいける。人間超優位の社会の中で、その行動力と繁殖性によって生きながらえた勝者だ。未だ我々は猫すら、支配できていない。我々はユーモアと優しさを持って、時に迷惑だと言われてしまう彼らを支配しなければならない。交通事故は悲しく、そして面倒で、腐り、どうも汚らわしささえ感じ、触れらねぬ者も多いはず。
このブログの読者に子供たちがいたら、考えて欲しい。君が大人になったら、ここは君が住みたい場所であるべきなんだ。それは君たちのユーモアと優しさにかかってる。
野良猫や狸、時に珍しい狐が、交通事故で死んでる街が当たり前だっておかしいって思わない?
死んでいても誰も触ることもできないんだ。汚れるってどういうことなんだろうね。
本当はどうにかするべきだった。それどころじゃないなんて言い訳にもならないのにそれが当たり前なんだ。きっとこのまま、君たちもそうなっていく。
俺は嫌だな。迷惑と責任という言葉で誰かに押しつけて、蓋をする。なんとかできません。じゃあ殺しますか?きっと君たちもそんなの嫌だよね。
じゃあ僕ならどうしよう。動物道路を作ろう。土の中に道を作って大きい道を渡れるようにする。
アーチを作ってそこを渡ろう。動物公園を作って管理しよう。街の全部の動物に名前をつけて管理しよう。とか。出来るよ。いずれ現実化する。大人はみんな死んでいくから。
そう、君たちがこれからもクリアなマインドとユーモア、優しい心を持って、君たちが大人になってもそれを忘れないで。お金を稼ぐ事に忙しくなる。それどころじゃあなくなるって!他に考えることあるでしょう!って。
それは本当はおかしいって思っていてね。
健康状態と知性が野良猫の事故にも影響するって話でした。
喧嘩ばかりする猫はどうしたら良いでしょうか。